区別し続ける日本

DSC02578

– エッフェル塔展望台から見えたバルーン

 

フランス国有鉄道 SNCF (La Société nationale des chemins de fer français) とフランス鉄道線路事業公社 RFF (Réseau ferré de France) のオーダーミスで鉄道車両幅が広すぎるため、約70億円かけてプラットフォームの拡張工事を行うようです。

2016年までに新型車両が引き渡されるということで、怒りの声を上げる政治家もいれば、雇用が生まれるとの声もあるようです。

古いプラットフォームはいずれ修繕の必要が出てくるはずですので、ちょうどよい機会だと考える他ないようです。

少しのサイズミスがこのような大事になるのであれば、どうしてもっと慎重にならなかったのかと思います。

 

日本は諸外国を見習うべきと叫ぶ人々がいますが、いろいろな意味で日本は特殊です。

日本はアジアの一部です。

東洋の国々は位置関係を含め、顔立ちが比較的似ているということでまとめて一つで考えられる場面に何度か遭遇しました。

 

カザフスタンの方と話しているときに言われた、’We’re Asian.’ という言葉が耳に残っています。

Asianの定義次第ですが、アジア大陸とすればあまりにも広域すぎますが、親近感が湧いて嬉しかったです。

極論ですが、’We’re Homo sapiens.’ にも通じる響き。その点、国籍や人種、肌の色で差別するのは間違っています。

 

カザフスタンは、Kazakhstanと英語で書き、発音は/ˌkæzəkˈstæn/若しくは/ˌkæzəkˈstɑːn/で、

どちらも、’Kazakhstan’ は/k/の音です。

 

ロンドンの新年を迎える花火を見に行ったときのこと。

大晦日、非常に込み合ったところでフランスから来た方2人(Aさん・Bさん)が見知らぬアラブ人(Cさん)に世間話をしていました。

Sonthéはすぐ近くで動きが取れず、その会話が聞こえてきました。

始めはお互い英語で話していたのですが、フランス語で、混んでいて嫌になるねとAさんがBさんに言うと、Cさんがフランス語で、フランスから来たの? と聞いて3人で盛り上がっていました。

BさんがCさんに、あなたもフランスから来たの? と聞くと、Cさんは、いいえ、私はアラブ人で、フランス語も話しますとのこと。

フランスには白人・黒人・移民が住んでいますが、このような会話は日本ではほぼありえないことと思います。

 

帰化(日本国籍を取得)した場合や片親が日本人という方々にも、「見た目」で判断するという、時には差別にもなることが多いという意見をネット上で見つけましたし、実際に日本語が流暢に話せるイングランド人からも聞きました。

では、日本語を話さない日系人や「見た目」が日本人に近いアジア人にはどういう対応をするの? とも思います。

 

友人は、日本語お上手ですね、お箸は使えますか? という決まり文句はもうやめてほしいようです。

日本人だってナイフとフォークを使えて”Thank you”くらいは言えるでしょう。

「お箸を使うのお上手ですね」や「日本語がお上手ですね」はやめませんか。

それと、むやみやたらに英語で話しかけるのも失礼です。

なぜ日本にいるのに日本語で話しかけないのでしょうか。

 

2020年の東京オリンピックに向けた様々の政策には、英語教育の強化が含まれています。

国際化=英語ではありません。

確かに英語は世界中で読める、話せる人口の多い言語ですが、フランス語・スペイン語・中国語等も広く使われています。

何年も学校の授業で勉強すれば必ず英語力が高まるわけではありません。

かといって、幼少期からのバイリンガル教育も難しいものがあります。

どちらの言語も年齢相応に身に付かないということが起きるかもしれません。

国際教養=英語でしょうか?

もう少し柔軟な考えの元、限りある国家予算を活用してもらいたいものです。

 

 

 

上記とは全く関係ないですが、英語版Wikipediaとフランス語版Wikipédiaを見比べていて思ったことがあります。

秋田県にある国際教養大学は、英語名が、Akita International Universityということですので、

フランス語では、Université internationale d’Akitaとなると思ったら、

フランス語版Wikipédiaには、Université d’études internationalesと書いてありました。

Wikipedia/Wikipédiaは誤りも多く、正式名称は大学側が決定することですが、他に例として東京にある国立大学2校を見ると、

一橋大学/Hitotsubashi Universityは、Université Hitotsubashiで、

お茶の水女子大学/Ochanomizu Universityは、Université pour femmes d’Ochanomizuとのことです。

英語名が、University of Ochanomizuでないのに、’… d’Ochamonizu’ は違和感がありますが、

言語ごとに違う、言いやすさ・聞きやすさも関係しそうです。

フランスや英国の大学名は、Université de (都市名)/University of (都市名) の順をとる場合が多いのは、文化や大学の成り立ち(昔の英国では一都市につき一機関のみが学位発行の権限があったということ)が影響していますが、英国で第三の歴史を誇るダラム大学は、Durham Universityですので、全てにおいて当てはまるわけではないようです。

なお、Durham Universityは正式には、The University of Durhamですが、現在は前者を広く使用しているようです。

Imperial College Londonは、The Imperial College of Science, Technology and Medicineが正式名です。

LSEは、The London School of Economics and Political Scienceの頭文字を3つとって省略した形でよく呼ばれています。

日本でも東京大学が、The University of Tokyoなのに対し、京都大学は、Kyoto Universityなのも両者なりのこだわりがありそうです。

日本語名とその他の言語(英語が圧倒的に多いですが、その大学で研究している言語も含め)名前が大幅に違う場合があります。

よくあるのは、女子が含まれていない大学名。宗教系大学も違う場合が多いようです。

One thought on “区別し続ける日本

  1. Pingback: ロンドン大学とは | Salon de thé

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *