海外在住日本人同士の対立

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– Turner Prize 2016 at Tate Britain

 

 

(この記事はいい内容ではありません)

 

このサイトをにほんブログ村に登録しているため、他の方のブログ記事を読みますが、以前、間接的に記事の内容の一部を否定されました。

それは根拠のない内容だったため、その方に直接どうこうというわけではありませんし、偶然同じことに関して書いただけなのかもしれません。

 

海外で生活する日本人・日本出身者同士での足の引っ張り合いや、無意味な敵対心が少なからずあり、それを突きつけられたような、非常に陰湿な印象です。

例えば、住んでいる場所、もっと具体的に言えば賃貸か持ち家か、賃貸であれば家賃はいくらか、持ち家であればローン年数と両親からの援助はあったのか、滞在歴(長い方が牛耳っているらしい)、滞在資格(ビザの種類)等、(ある程度はいても)数の少ない日本人のコミュニティ内で比較し合っているのを見聞きするとうんざりします。

 

Sonthéはロンドンに日本人の知り合いがほぼいないのも、そういう恐ろしく狭い、時代遅れで閉鎖的な「日本人村社会」からできる限り距離を置きたいからなのかもしれません。

 

そういったコミュニティが悪いというわけではありません。

お互いに協力し合って助け合えばよりよい生活を送れるのかもしれません。

例えば、質の高い日本食レストラン情報、日本の食材をどこで手に入れるか、手に入らないものを何で代用するか、ホームシックを解消するための集まり等が考えられます。

しかし、その狭い社会の中での(無意味な)競争が果たしてよい結果を生むのかは疑問です。

 

他にも、英語力、特に発音をお互いに評価し合うのもよくあることのようです。

出る杭は打たれるといいますか、少しでも相手の評価を下げることに精力を注ぐのは本当にその方に幸せをもたらすのでしょうか。

いわゆる、(英語をあまり話さない)日本の方がいう英語の発音の良さは大抵当てになりません。

 

そういう方は、日本語でブログを書いていることが多いような気がします。

このサイトもその一つだと言われたらそうかもしれませんが、主に留学情報発信を目的としていますので、ターゲットは絞られます。

第一、Sonthéの周りには日本人がいませんし、ほぼ日本食も食べないのでロンドンでの生活に日本を欲している要素はありません。

英語で勉強・生活しているので、ここに記事を書いて、日本のニュースを読むことが日本語との少ない接点です。

日本に関することを意図的に排除しているのではなく、こちらで自分が送りたい生活を送っている結果、日本語を使わないというだけのことです。

 

果たして、そこまでして日本語にしがみつく理由はなんでしょうか。

自己同一性(アイデンティティ)の最たるものが母国語なのだと思います。

日本が嫌で嫌でしょうがなくて離れたのであれば、日本人と交流せず、日本語で語らなければいいはずです。

それなのに日本語で滞在地の不満を発信しているのを見ると首をかしげたくなります。

それでいて、日本国籍を保持しているということによる恩恵(多くの国の観光ビザ免除、在外公館の多さ、出入国審査等での優遇等)を授かり続けるのは矛盾していると思います。

そういった方は「母国」のこともろくに知らずに、他国がいかに素晴らしく日本がどんなに惨めで劣っているかを日本語で日本人に発信するんでしょうね。

憧れの国に観光旅行して、「ただいま、私の故郷」のようなことを日本語でSNSに書くんでしょうね。

「早く帰りたい」って、どこが故郷ですか。

47都道府県の位置もあやふやなのに。どちらが母国なのでしょうか。

 

確かに、生活をするということは、旅行と違っていいことばかりではありません。

正直、少なからず差別はありますし、言葉に問題があれば苦労の連続でしかないと思います。

Sonthéはこちらでの生活に問題がない程度の英語力はあると自負しています。

CEFRでいうと、C2レベルです。

しばらく検定試験を受けていないので正確にはわかりかねますが、ネイティブスピーカーと全く問題なくコミュニケーションがとれる程度です。

こちらの大学でネイティブと競争し続けているので、例えば、「あれ、今聞いた単語の意味が分からないなあ。英和辞典をひかないと」なんていうレベルではそもそも大学に合格すらしていません。

こちらの大学は本当に容赦ないので、ついていけない学生は去るように言われます。

日常生活では、イングランドの法律を遵守していますし、日本国籍保持者の身分で生活する上の義務は果たしています。

 

なんだかんだ言っても、言葉は道具です。本質は違うところにあります。

中途半端な押し込み教育で英語が理解でき、話せるようになっても、何を話せるというでしょうか。

 

とはいえ、不平不満を言う対象がいないのも寂しいものですので、息抜きも必要でしょう。

ただし、日本が嫌いであれば、他国に移住してその国の市民権を取得すればいいのではないのでしょうか。

 

国籍法第11条第1項には、

日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。

とあります。

日本のパスポートがなければ日本人としてのアイデンティティがなくなるのでしょうか。

その理論だと、パスポートを取得していない日本人は日本人ではなくなってしまいます。

 

なんだか、この悲しき思想そのものが闇を表しているように感じます。

もしかしたら、Sonthéの思い違いかもしれません。そうだと思いたいものです。

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