
日々の生活の中で、追求しないことが幸福をもたらすということを実感しています。
言い換えると、追求しすぎることは不幸をもたらすということです。
常日頃、英国と日本を比較しているわけではありませんが、長年このサイトを英国から日本語で更新し続けているため、基本的な観点は英国から見た日本です。
日本から見た英国は分かりません。
すでに英国社会に馴染み、私生活で日本語を話す機会はほとんどなく、日本の感覚は失われてきているため、日本のことに関してはもっぱら疎くなっています。
過去の記憶に頼ることはできますが、最新の日本はメディアを通したものしか知らないですし、最後に日本に行ったのは2年程前なので、過去にすがり続けるのも怪しいと思います。
「追求しないこと」の具体例を挙げます。
英国の水筒は常温の水を持ち運ぶものというか、保温・保冷されないものが主流で、中には複層構造になっていて保温・保冷効果がある商品もあるというものです。
カフェ等の開放型の冷蔵庫は冷えが悪いものが多く、冷えていない飲み物が売られていることも珍しくありません。
喉を潤すものに、極端な温度を求める必要もないのかもしれません。
カフェやレストランでも氷をたくさん入れた飲み物はあまりないですし、個人的に夏の暑い日でも氷が欲しくなることはありません。
温かい飲み物が欲しければその都度作ればよく、長時間保温し続ける必要を感じない人々が多いため、保温水筒が主流ではないのかもしれません。
実際、時間が経った飲み物は変質しておいしくないと思います。
温かければ、それだけでいいのでしょうか。
複雑な構造の蓋をきれいに洗えているのかも気になります。
他には、座るレジ係や乱雑な商品棚等も日常に結びついていると思いますが、一部の過剰なサービスを売りにしている高級店を除いて、何を求めているのか甚だ疑問です。
低賃金で働いてくれている大切な労働者にどこまで求めれば気が済むのでしょうか。
そういう理不尽な方に限って格安店に行っては苦情を喚き散らすものです。
レジ係が座って何が悪いのでしょうか。
商品を購入できれば、ある程度乱れた陳列で何が問題なのでしょうか。
自分がしたくないことは他人に強要してはいけません。
追求がもたらす幸福と不幸。
追求しない英国と、誰かが苦しんででも追求することを強いられる日本。
追求しないことで得られる幸福と不幸。
「不幸を得られる」とは一般に表現しないものかとは思いますが、あえて不幸な境地に陥ることは可能かもしれません。
それが2度目の都市封鎖であろうとも。
Pingback: 追求しない幸福の中に見る幸福 | Salon de thé